私は魔女になった。

Living wicca-魔女として生きる-

魔女術、そしてそれを執り行う魔女について、そして私が実践する「日本の魔女術」について私なりにまとめてみました。

Wicca-魔女-

一言でいうと自然のもつ力に対する畏怖の念を柱とした多神教の「宗教」を信仰する人のことを呼びます。
この『自然の持つ力に対する畏怖の念』はそのまま「自然崇拝」や「アニミズム」といったものを指します。

『八百万の神』という言葉があるように、この国にはあらゆるところに神々がおわし、そしてご先祖さまも身近におられる。といった
「自然崇拝」「祖先崇拝」や「アニミズム」の概念も持つ「神道」という信仰があります。

現在「神道」と言ってもさまざま説や流派があったりしますが、
私が師から教わったのは「神道」以前からあるより自然崇拝に近い「古神道」を元に、
そこから長い時間受け継がれてきた日本ならではの「民間信仰」というものに近いかもしれません。

生活の源にあるのが「信仰」であると考えています。
私はその教わった知恵を元に信仰のもとの魔女「日本のWicca」としての生き方をすることに決めました。

Witchcraft

ウィッチクラフト(witchcraft)
魔女(witch)の魔術(呪術)、まじない、占い、ハーブ(薬草)などの生薬の技術など、魔女と関連づけられる知識・技術・信仰の集合を指す。
魔女術ともいうが、男性もしばしばwitchの対象となる。

wikipedia「ウィッチクラフト

Wikipediaによると、現在、ウィッチクラフト(魔女術)という言葉は宗教としてのものと、宗教と関係なく魔術的な技術の意味の2種類で使われるそうです。
Wiccaのウィッチクラフトは『宗教として』のものを使います。
そして、私はWiccaとしてウィッチクラフトを実践しています。

後者の「ウィッチクラフト」は実際信仰していなくても実践することは可能ですが、ここでは前者の意味合いのウィッチクラフトを前提としています。

ウィッチクラフト、そして師から教わったこと。
洋の東西を問わず、これらは生きていくための長い間受け継がれてきた智慧と記憶がつまったライフハックだと思うのです。

Wiccaの規則

『何ものも傷付けない限り、汝の望むことをせよ』
というWiccaの大きな基本ルールの『何もの』のなかには自分自身も含みます。

森羅万象に宿る神々をはじめ、目に見える見えないに関係なくすべてのものに対して
愛と畏敬をテーマにする信仰で、自身の人生を肯定と共に受け入れる哲学そして人生を表現する芸術でもあると考えています。

そのため、Wiccaの実践と研究には終わりが無く、常に更新されます。
そして、Wiccaは自由です。

先人らが残してたくさんの影の書が今では様々な方法で目にする機会がありますが、
それはそのWiccaの影の書であり各々の生き方です。

『何ものを傷付けない限り、汝の望むことをせよ』というウィッカのルールは、
フワフワとした夢のような生き方のように思えて、実はシビアなことも隠れていたりすることもありますが、
基本、自分自身の生き方を進めば良い、とても自由で彩りに満ちたものです。

『何ものも傷付けない限り、自分の望むことをせよ』という基本ルールと並ぶ大切なものは自分自身の中にあります。
それらに背かない限り自由に楽しみ味わうものであると思います。

「生を楽しめ」と師からよく言われていました。
そのためにWiccaという生き方を決めたのです。

wiccaであること。

Wiccaであることは隠す必要もなければ大きく吹聴する必要もないと思っています。
言いたければ言えば良いし、言いたくなければ言わない。
それすらも自由です。(所属しているコミュニティの規定にもよるでしょうが)
私はいわゆるソロ魔女と呼ばれるものなので、「魔女の集団(コミュニティ)」については明るくありません。

信仰のもと、生き方として選んでWiccaであること。
Wicca(魔女)という存在に憧れて魔女と名乗ること。
信仰はないけれど、ウィッチクラフトを実践して魔女と名乗ること。
どれも自由だと思います。

外の世界にそれっぽく装って見せることはできても、
自身や自分の中に宿る神々を偽ることはできない。
Wicca魔女であるということは、
自分自身のエネルギーや行動や潜在的な部分も含む力に対して責任を持ち、
ありとあらゆるところに存在する大いなる存在(力)の元に
愛をもって生きること。

師の元に居る頃、これを教わりこの道のシビアな面の一つだなあと思いましたが、
ようやくその言葉を腑に落とせた氣がします。

ウィッカという道を選ぶということは、
自分の持つエネルギーの使い方や自分の選択に自信と責任を持つこと。
敢えて決めなくてもよいのかもしれませんが、
どうしても今世を楽しむことが難しかった私が、今世をきちんと味わってこの旅を終えるという
周りでたくさんの氣持ちを託してくれた人たちへの誓いでもあるのです。

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